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長宗我部元親の名言!”一芸に熟達せよ 多芸を欲張るものは巧みならず” の意味とは?

長宗我部元親の名言 日本人の名言

”一芸に熟達せよ 多芸を欲張るものは巧みならず”



これは土佐の風雲児、長宗我部元親ちょうそかべもとちかの名言です。最終的に豊臣軍11万に屈してしまいますが、土佐の小大名から四国を制圧した力は圧巻です。

この記事では、そんな長宗我部元親の人物像と功績、この名言に込められた意味を解説していきます。


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長宗我部元親の名言

長宗我部元親の銅像

初陣は22歳と遅咲きでしたが、いざ戦いが始まるとのように勇ましいと言われました。



そんな長宗我部元親の名言がこちらです。

一芸に熟達せよ 多芸を欲張るものは巧みならず



まずは、長宗我部元親の人間性に触れてみましょう。

いやいや、私はすぐにでも意味を知りたいという方はこちらに進んで下さい。⇨ 長宗我部元親の名言の意味


長宗我部元親とはどんな人

戦国時代の末期に生きた武将です。四国を統一し、その名を轟かせました。

1539年に土佐の岡豊城主長宗我部国親の長男として生まれ、1599年62歳で死去。


けっきょく何をした人

戦国の乱世で四国を統一した人です


長宗我部元親の功績

  • 一領具足を完成させた
  • 一時期でも四国を統一
  • 木材から財源を作り出し国を豊かにした
  • 長宗我部元親百箇条



長宗我部家というのは、祖父の兼続の時に一時的に消滅しています。それを立て直し復活させたのが子の国親(元親の父)なわけですが、最初はほとんど家臣がいませんでした。

そこで、農民の中から見所のあるものを武士として採用することで、長宗我部家を再構築していきました。
 

さらに、この政策を息子の元親が継承。普段は農民だが、戦が始まると武士になります。彼らはいつでも戦闘に参加できるよう、田畑に鎧と刀(具足)を隠して準備をしていたことから一領具足と呼ばれました。



また四国は土地がら、お米の収穫量が少なかったようです。そこで国親は豊かな山に目をつけ、その木を伐採して京都や大阪で販売をはじめました。これが財源となり、土佐は潤いました。

 
長宗我部元親百箇条は1597年に、元親盛親親子が発布した領土支配のための法令のことです。その対象は、家臣だけでなく農工商・僧侶にまで及んでいました。


長宗我部元親とはどんな人物

鎧

長宗我部元親は、子供の頃は読書を趣味とするひじょうに大人しい子であると思われていました。それゆえついた愛称が「姫若子ひめわこ」です。



ところが、22歳で迎えた初陣の時に豹変します。戦いの直前に槍の使い方を教えてもらうと、鬼に変貌。自ら先陣を切って戦果をあげました。

色白だが、長身であったと言われます。そして、この勇姿をみた家臣から、「土佐の出来人」と評されるようになり一気に信頼を高めました。



1560年には、父の国親が亡くなると長宗我部の家督を継ぎます。

1571年の八流の戦い安芸国虎あき くにとらを破ると、1575年に一条兼定に勝利し土佐を統一。そのまま勢いづいて、1585年47歳の時にとうとう四国全土を統一します。



しかし、信長の死後に実権を握った豊臣秀吉が、11万の軍を率いて四国を制圧にかかります。さすがの元親もこれに対抗できず、降伏しました。

その結果、再び土佐一国だけの所轄となり、外様大名として秀吉に従事しています。



そんな元親ですが、ある時期を境に性格が一変したと言われています。それが戸次川の戦いです。

 
秀吉の九州征伐に参加した元親は、1587年島津氏との戦いに敗れ、大損害を受けます。この時の戦死者の中に自分の長男である信親の名があったのです。

信親は戦況が不利の中、親である元親を逃がすために戦場に残っていました。その信親の死が、元親を変えました。



すでに、英雄としての覇気を失い、3男を飛ばして4男に長宗我部の家督を継がせました。これに反対するものは、強制的に処罰。

それまでの元親は度量があり、情け深く、家臣からの慕われていたのですが…。


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長宗我部元親の名言の意味とは?

日本刀

”一芸に熟達せよ 多芸を欲張るものは巧みならず”



勢いがあった頃の元親の言葉です。

一つのことを熟練し上達せよ。いろんなことに手を出すやつは賢くないという意味ですね。



戦国時代の武人は、柔術・剣術・居合術・槍術・棒術・砲術・弓術・なぎなた術・馬術・水泳術など武芸十八般に渡って通じることが良しとされました。

しかし、元親の発想は逆で、とにかく一芸を極めることを奨励し、軍隊を強くすることで四国を制覇してきました。

考えてみると、初陣の際にも、槍の使い方しか習っていません(戦術はその前に習得)。



元親がもう少し早く生まれていれば、秀吉軍もあそこまで巨大化していないので、もしかすると戦局は違っていたかも知れませんね。


この名言を自分に役立てるには?

野球観戦

長宗我部元親のこの名言は、現代でも十分に通用します。

っていうか、スポーツでも何でも成功している人は、元親の名言通りのことを行っています。

野球を例にいうと、

  • 王貞治(世界のホームラン王)
  • 糸井嘉男(現阪神タイガース)
  • 中田翔(現日本ハムファイターズ)

は、高校生の時までピッチャーもやっていたんですよ。

つまりはエースで4番だったわけです。

 

しかし、プロとして成績を残すために、あえてバッター1本に絞りました。だから今の成績が残せているんです。こんな有名人はたくさんいます。



ただし、何でもかんでも1つに絞ればいいのかというと、そういうわけもなく、最初は複数のことを始めたほうがいい場合もあります。

特にスポーツ選手は子供の頃に水泳をやっていたなんて話もゴロゴロあります。これは、バランスよく全身の筋肉を鍛えることができるからです。

こんな感じで、目的に合わせて必要なことを見定めると効果的です。



また、現代は昔と違い情報で溢れているので、意識していないと流されてしまうことになります。

一度これだと決めたなら、元親の言葉を思い出して浮気をしないことが成功への近道になります。


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まとめ

私も過去にいろんなことをやってきましたが、それらのすべてが中途半端に終わっています。残りの人生もそんなにないので、今やっていること一つに絞って継続してまいります。
 
戦国武将の名言に関する総集編のような記事を書きました。ぜひ、こちらもご覧下さい。

⇩  ⇩  ⇩

戦国武将の名言集!信長から家康まで時代背景に合わせて解説してみた
戦国武将の名言集です。信長から家康まで時代背景に合わせて解説してみました。今までの戦国武将の総集編です。

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