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伊達政宗の名言!”朝夕の食事はうまからずともほめて食うべし” の意味とは?

伊達政宗の名言 日本人の名言

”朝夕の食事はうまからずともほめて食うべし”


この言葉は、独眼竜で有名な伊達政宗の名言です。

この記事では、そんな伊達政宗の人物像と功績、この名言に込められた意味を解説していきたいと思います。


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伊達政宗の名言

伊達政宗の銅像1

あと10年早く生まれていたら、天下を狙えたと言われる人物です。それゆえ、今でも人気が高いです。



そんな伊達政宗の名言がこちらです。

朝夕の食事はうまからずともほめて食うべし



まずは、伊達政宗の人間性に触れてみましょう。

いやいや、私はすぐにでも意味を知りたいという方はこちらに進んで下さい。⇨ 伊達政宗の名言の意味



戦国武将の名言に関する総集編のような記事を書きました。ぜひ、こちらもご覧下さい。

⇩  ⇩  ⇩

戦国武将の名言集!信長から家康まで時代背景に合わせて解説してみた
戦国武将の名言集です。信長から家康まで時代背景に合わせて解説してみました。今までの戦国武将の総集編です。

伊達政宗とはどんな人

伊達政宗の銅像2

戦国時代末期から江戸時代初期にかけて生きた、東北最強の戦国武将です。幼児の時に右目を失明し、独眼竜と呼ばれました。

1567年、米沢城主伊達輝宗の長子として生まれ、1636年70歳に病気にて死去。


けっきょく何をした人

稀代の野心家で、仙台藩の初代藩主として仙台の発展に力を入れた人です。


伊達政宗の功績

  • 仙台城を築いた人
  • 現在の仙台市の基盤を作った
  • 仙台藩のお米で江戸に貢献
  • 仙台味噌は江戸の食文化に貢献
  • ずんだ餅の発明
  • 伊達巻の発明
  • 日本人として初めてヨーロッパと交渉



仙台駅前にも銅像があるので、伊達正宗がいかに仙台に貢献したのかは誰もが知っている事実です。

当時から新田開発を行い石高の増加を図ることで、出来たお米を江戸に流しました。江戸では美味しいお米が食べられるし、その恩恵を受けて仙台の経済は活性化しました。



また、政宗は仙台城下に御塩噌蔵おえんそぐらという味噌醸造所を設け、品質向上に力を入れています。

秀吉の朝鮮出兵の際に、他の武将の味噌は腐敗しましたが、正宗が持参した味噌だけは変質しなかったと言われています。

 
政宗は、味噌を軍用としても重要視していたんです。今でも仙台味噌という名で、その伝統は受け継がれているんですよ。



あとは、家臣である支倉長常らをスペイン・ローマに派遣したことでも知られています。いずれも貿易が目的で、この団体を慶長遣欧使節と言います。


伊達政宗とはどんな人物

伊達政宗は、4歳の時に疱瘡ほうそう(天然痘)にかかり右目を失明しています。それがもとで右目に眼帯をし、独眼竜と呼ばれることになりました。

1577年に10歳で元服すると、伊達政宗と改名しています。伊達の家督を継ぐのは17歳になってからです。



1589年になると、摺上原すりあげはらの戦い蘆名義広あしなよしひろを破り、奥州南部を平定し114万石を支配下に置きました。この時まだ22歳なので、わずか5年余りで東北最大の武将になったわけです。


ですが、翌年には豊臣秀吉小田原征伐に従軍することになります。すでに秀吉は天下統一を目前に大勢力になっていたので、さすがの政宗も従わざるを得なかったようです。

1592年には秀吉の朝鮮出兵に参加しますが、上手く行かず翌年には敗退しています。



その後は徳川方に付き、1600年の関ヶ原の戦いでは、最上義光ともに直江兼続と戦いました。これを長谷堂城の戦いと言います。

そして、1601年34歳で仙台城を築城しました。

仙台城



1613年に家臣の支倉長常をヨーロッパに派遣
翌年から始まった大阪冬の陣・夏の陣では徳川方についています。


戦いに明け暮れていた政宗ですが、実は料理にただならぬ情熱を持っていたことでも知られています。徳川家康と同じく健康オタクだったからだそうです。

晩年には、自分を慕っていた江戸幕府3代将軍徳川家光を接待した際に、全国からさまざまな食材を取り寄せ、献立を自ら考えました。

 
後に、こんな粋な言葉を発しています。

馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である引用元:命期集

趣味は能や茶道で、芸術を愛しました。


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伊達政宗の名言の意味とは?

日本食

”朝夕の食事はうまからずともほめて食うべし”

この一文だけを取り出すと、「食事はたとえ美味しくなくても作ってくれた人を褒めて食べよう」ということなのですが、この名言にはさらに付随する文章があります。


それがこちらです。

仁に過ぐれば弱くなる。
義に過ぐれば固くなる。
礼に過ぐればへつらいとなる。
智に過ぐれば嘘をつく。
信に過ぐれば損をする。

気長く心穏やかにして、万に倹約を用いて金銭を備うべし。
倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり。
この世に客に来たと思えば何の苦もなし。
朝夕の食事うまからずともほめて食うべし。
元来客の身なれば好き嫌いは申されまじ。
今日の行をおくり、子孫兄弟によく挨拶をして、娑婆のお暇申すがよし



翻訳すると、こんな感じになります。

相手への思いやりを持ちすぎると、自分は弱くなる。
筋を通すことばかりに囚われていると、融通が効かなくなる。
礼を尽くしすぎると、嫌味となり逆に失礼にあたる。
知識を持ちすぎると、嘘を付くようになる。
人を信じすぎると、損をするようになる。

気長に、心を穏やかにして、万が一に備えて倹約せよ。
倹約は多少の不自由はあるが、この世に客として来たと思えば苦しいと感じることもない。

朝食夕食がたとえ美味しくなくとも、美味しいと感謝して食べること。
客の身であるなら、好き嫌いを言える立場ではないからだ。
そのようにして毎日を送り、あの世に行く時には家族や子供に挨拶をして旅立てばよい。



要は、あまりやりすぎると良くない。何事もバランス良く、礼を尽くせと言う意味です。


この名言を自分に役立てるには?

料理する女性

この政宗の名言には「感謝せよ」という意味も含まれています。



政宗が生きた時代は、なんやかんや言っても400年も前のこと。今のように新鮮な食材が年中手に入るわけでもなく、便利な調理器具なんてものもありません。

そんな時代に、美味しいおもてなし料理をつくるなんて至難の業です。それを考慮して感謝して食べよと言ってるわけですね!



これは現代でも同じことが言えます。

 
たとえ、いい食材を手に入れることが出来ても、いい調理器具を使うことが出来たとしても、何らかの理由で上手く作れない時があります。

その人はまだ料理初心者かも知れないし、体の一部が不自由なのかも知れません。また、病気で熱があった可能性だってあるわけです。

もし、そうであったなら感謝しかありませんよね?

ですから、そういった背景を知ることなく、むやみに責めるのはよくありません。



仕事でも同じですね。上手く仕事が出来ない部下がいたら、まずはその部下の背景を探ってみる。そうすることで、感謝も出来るし解決策が見えてくるかも知れません。

怒るだけの人生は損ですからね^^


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まとめ

若い時には野心家であった伊達政宗ですが、晩年にはかなり文化面で貢献しています。

この名言は、そんな伊達政宗だからこそ生まれたと言葉だと思います。

 

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この記事を書いた人
Mr.名言

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