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石田三成の名言!”命を惜しむは、ひとえに我が志を達せんと思うがゆえなり” の意味とは?

石田三成の名言 日本人の名言

”命を惜しむは、ひとえに我が志を達せんと思うがゆえなり”



これは、関ヶ原の戦いで破れた石田三成が、死の直前に言い放った名言です。

この記事では、そんな石田三成の人間像と功績、この名言の背景の出来事までさかのぼって意味を考えてみたいと思います。


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石田三成の名言

石田三成の銅像2

石田三成は、豊臣秀吉を語る時には外せない武将です。今までにないタイプの人物で数々の貢献をしてきました。



そんな石田三成の名言がこちらです。

命を惜しむは、ひとえに我が志を達せんと思うがゆえなり



まずは、石田三成の人間性に触れてみましょう。

いやいや、私はすぐにでも意味を知りたいという方はこちらに進んで下さい。⇨ 石田三成の名言の意味



戦国武将の名言に関する総集編のような記事を書きました。ぜひ、こちらもご覧下さい。

⇩  ⇩  ⇩

戦国武将の名言集!信長から家康まで時代背景に合わせて解説してみた
戦国武将の名言集です。信長から家康まで時代背景に合わせて解説してみました。今までの戦国武将の総集編です。

石田三成とはどんな人

安土桃山時代に生きた武将で、その才能を豊臣秀吉に認められ、五奉行の一人にまで登りつめました。

1560年、浅井家に仕える石田正継の次男として近江(滋賀県)に生まれ、1600年に関ヶ原の戦いに破れ41歳で死去しています。


けっきょく何をした人

豊臣家を守るために命を捧げた人です。


石田三成の功績

  • 豊臣政権の行政を支えた
  • 淀川の氾濫を回避した
  • 家康の野望を見抜き阻止しようとした



石田三成は、武功より内政に力を発揮した人です。賤ヶ岳の戦いではあらかじめ街道の整備・兵糧の調達・のろし台の設置・使者の早馬を準備したりと、通信網を中心に功績を上げました。
 
また秀吉の天下統一後は、長束正家・浅野長政とともに太閤検地の中心人物となります。美濃・奥羽・越後・薩摩をはじめ全国各地の検地を実施しました。

さらに朝鮮出兵の時は、軍需品の運送や、占領政策で活躍しています。


大阪の淀川が氾濫した時も、真っ先に駆けつけ、米俵を土俵代わりにして堤を補強したと言われます。

洪水の危機が去った後も、本物で土俵で堤を補強してくれた者には、この米俵を持って返ってよしと指示を出したそうです。あっという間に本格的な修復が出来たことは言うまでもありません。


石田三成とはどんな人物

秀吉と三成の銅像

今までの逸話でも、三成が知の人であることがわかります。この有能ぶりは秀吉との出会いから始まっているんですよ。


まだ石田三成が15歳の時、寺で修業をしていました。その時に、秀吉が鷹狩の途中で寺に寄ったのです。
 
その時に秀吉は三成にお茶をくれるように頼みます。「のどが渇いた。お茶を淹れてはくれぬか。」

三成は、1杯目はぬるめのお湯で、お茶碗に並々と注いだものを。秀吉はぐいと飲み干したそうです。

そして2杯目はやや熱いお湯で、お茶碗に半分くらいの量で。3杯目は熱いお湯で、お茶碗には少しだけ。



これはのどの渇きを潤してから、お茶が美味しく飲めるように三成が配慮したものです。これが、三成が秀吉に気に入られるきっかけとなったのです。

 
この日以来、三成は豊臣秀吉の家来になるわけですが、1582年の山崎の合戦ではしっかりと槍で戦っています。しかし、本領を発揮するのは、その後の外交戦略や情報収集などの裏方方面になります。



1598年に秀吉が亡くなると、勢力を伸ばしていた徳川家康が野望をむき出しにしてきます。三成はこれが許せませんでした。

そして、1600年に関ヶ原の戦いを起こすわけです。



三成は武徳の武将ではなく、知性の武将でした。それゆえ秀吉には可愛がられるわけですが、態度が横柄で官僚タイプの三成を嫌う武将もいたようです。


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石田三成の名言に意味とは?

石田三成の銅像

命を惜しむは、ひとえに我が志を達せんと思うがゆえなり



この言葉は、三成が徳川側に捕まり、死の直前に言った言葉とされています。意味はこんな感じです。

死ぬのは怖くない。しかし、自分の志が半ばのままこの世を去ることが悔やまれる。

志というのは、豊臣家を守るという使命のことです。



実は、この言葉を発する前に、こんなやり取りがありました。

のどが渇いたという三成に、周りの男が「水はないけど干し柿ならある」といって三成に干し柿を差し出しました。

しかし、三成はそれを拒否。理由は、柿は体の毒になると考えたからです。

それを聞いた男は、「今から死ぬのに、体調なんか気にしてどうするんだ。」と笑ったそうです。



それに対し三成は、こう切り返しました。

「何を言っている!武人たるもの、たとえ死ぬとわかっていても、最後の最後まで体を大切にし生きるべきである」

「死ぬのは怖くない。しかし、自分の志が半ばのままこの世を去ることが悔やまれる。」



この言葉には、自分の命を惜しむのではなく、まだ自分は豊臣家を守りたいと思う気持ちが込められているのがわかります。


この名言を自分に役立てるには?

野球のボール

幸か不幸か、今の日本では余程のことがない限り死ぬことなんてありません。

しかしそれでも、何かを始める時には、命を捨てる気持ちを持ちながら目標に向かうことは出来ます。


現代は情報が溢れすぎていて、何をしていいのかわからない人もいれば、目標を絞りきれない人もいます。やりたいことが見つかるというのは凄いことなんです。

 
そんな時に、石田三成のこの言葉を思い出すことで、最後まで集中することができます。

人々は、つい新しい情報に気を取られてしまいがちになりますが、それでも主君を守るのと同じように、自分がこうと思ったことを貫き通していきましょう。
 
すると、何かが変わってきます。


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まとめ

余談ですが、三成は切られる前に、坊主に十念を唱える行為さえも拒否したと言われます。

念仏は無用じゃ。わしは行末を案ずるようなことは少しもしておらぬ。あの世で太閤様にお目にかかるのが楽しみじゃ。
 

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この記事を書いた人
Mr.名言

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