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板垣退助の名言!”板垣死すとも自由は死せず” の意味とは?

板垣退助の名言 日本人の名言

“板垣死すとも自由は死せず”



これは明治時代、日本の民主化に大貢献した板垣退助の名言です。政治家と言うよりは軍人としての傾向が強い板垣退助ですが、だからこそ民主化に力を注ぐことが出来ました。

この記事では、そんな板垣退助の人物像と功績、この名言に込められた意味を解説していきます。


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板垣退助の名言

板垣退助の銅像

幕末から明治にかけての激動の時代、板垣退助は民衆のための政治体制をつくろうと心がけました。

そんな板垣退助が、暴漢に襲われた時に発したとされる名言がこちらです。

板垣死すとも自由は死せず



まずは、板垣退助の人間性に触れてみましょう。

いやいや、私はすぐにでも意味を知りたいという方はこちらに進んで下さい。⇨ 板垣退助の名言の意味



幕末・明治維新の名言に関する総集編のような記事を書きました。ぜひこちらの記事も御覧下さい。

⇩  ⇩  ⇩

幕末・明治維新の名言集!志士&偉人たちはどんな思いを持っていたのか?
幕末・明治維新の名言集です。維新の流れに沿って偉人たちの生き様を解説しました。今までの幕末・明治維新の総集編です。

板垣退助とはどんな人

幕末・明治初期の軍人・政治家です。
1837年、高知県土佐藩士栄六正成の長男として生まれ、1919年83歳で死去。坂本龍馬の親戚にあたります。お互い尊敬し合う仲だったとか。

けっきょく何をした人

国民の自由と権利を要求する自由民権運動を主導した


板垣退助の功績

百円札

  • 戊辰戦争
  • 自由民権運動
  • 民撰議院設立建白書を提出した
  • 100円紙幣のモデル



武士(軍人)である板垣退助は、戊辰戦争で迅衝隊総督として土佐藩を率いて戦いました。会津藩を降伏させ鶴ケ城を開城させています。また、甲州勝沼の戦いで、近藤勇を隊長とした新選組を撃破。



ですが、一番の功労はなんといっても自由民権運動を主導したことでしょう。それまでの明治政府の要人は、力が強かった薩長藩出身で独占されていました。

それを、日本人なら誰でも政治に参加できるよう、運動を起こしたのが板垣退助です。1874年に、人民が選んだ議員が参加できる議会の設置を求めた民撰議院設立建白書を政府に提出しています。

その結果、大日本国憲法が発布され、1890年には日本で初めて選挙が行われ、国会が開催されました。


板垣退助とはどんな人物

先にもいいましたが、板垣退助は政治家と言うよりは軍人色が強いイメージです。

しかし、だからこそ自由民権運動にたどり着いたとも言えます。もし、板垣が政治にも強ければ、このような視点は持てなかったかも知れません。



そんな板垣退助の少年時代は、一言でいうとわんぱくです。それを証明する逸話がたくさん残っています。

ある日、ガマガエルの油を塗ると川に潜っても呼吸が出来るという迷信を信じ、友人とカエルを捕まえ窯で茹で、ガマガエルの油を作りました。

しかし、それを体に塗って潜っても呼吸が出来なかったので、それ以来、迷信は信じない実証主義者になったようです。

鰻と梅干を一緒に食べると死ぬと信じられていた迷信だって、人を集めて自ら食することで無害を実証したり…。



また、毎日を喧嘩に明け暮れ、武術にも秀でていました。土佐居合術(無双直伝英信流)から柔術呑敵流小具足どんてきりゅうこぐそく)を習得し、学問は若山勿堂から儒学・山鹿流兵学を学びました。

29歳の時には、藩命で江戸まで行ってオランダ式騎兵術を学んでいますから、完全な武闘派といっても間違いないでしょう。



そして、その力を発揮する時がやってきます。1867年に中岡慎太郎の仲介で西郷隆盛と会談し薩土同盟を結ぶと、翌年の戊辰戦争では大活躍しています。

 
実はこの時、板垣退助は姓を乾から板垣に変更しました(それまでは乾退助)。「板垣」は武田信玄の重臣だった板垣信方の姓で、退助はその子孫にあたります。

乾という姓は、豊臣秀吉の小田原征伐の際に、信方の孫が侍大将乾彦作から一時的に授けられただけでした。それを退助の代で、もとに戻したわけです。

これが功を奏して、武田信玄の本拠地であった甲斐では大変な支持を受けました。



また、板垣退助率いる土佐藩は、会津藩を破ったあと落ち武者狩りなどは決してせず、会津藩の名誉回復に努めたといいます。ここに板垣退助の人徳が見え隠れしています。そのおかげか、今でも福島(会津)では板垣の人気は高いようです。



時代が変わり、明治新政府が出来ると板垣は参議になり、政府首脳の一人となりました。しかし、征韓論での意見の違いから辞職しています。

征韓論とは?

征韓論とは、隣国朝鮮に武力を持って開国を求める政策で、板垣はこれを強烈に主張しました。



辞職のあとは、板垣退助の代名刺である自由民権運動を開始しています。明治政府は維新で活躍した薩長藩だけで構成されていて、他の藩が取り付く島がなかったからです。

1874年に日本初の政治結社である愛国公党を結成すると、民撰議院設立建白書を提出。

しかし、却下されたので、高知に政治団体である立志社を設立しています。政治団体は政治結社と違い、各都道府県に届け出をすることで寄付金を受けることが出来ます。

これにて、息を吹き返した板垣退助は、再び自由民権運動に力を注ぐことになりました。



すると、板垣の運動を無視できなくなった明治政府が、動き始めたのです。この頃には、かなり民衆の支持を得ていたものと思われます。

1889年、大日本国憲法が発布されると、帝国議会が開催されました。板垣は自由党を結成し、自ら党首となっています。



そんな時です。全国を演説中に暴漢に襲われ、左胸をさされてしまいました。ですが板垣は柔術を心得ていたので、暴漢に肘当てをくらわせ重症にはいたりませんでした。

この時に板垣は、「吾死スルトモ自由ハ死セン」と叫びました。それが後世に「板垣死すとも自由は死せず」として伝えられているとされています。

岐阜事件の絵

この事件を岐阜事件という

 
板垣は暴漢である相原尚褧あいはらなおふみを許しています。特赦嘆願書を明治天皇に提出したので、暴漢相原の罪は軽いものですんだといいます。それを聞いた相原は改心し、板垣のところに謝罪に訪れたそうです。



その後、自由民権運動は激化しすぎて加波山かばさん事件が起きています。そこで、一時的にやむなく自由党を解党。
 
しかし復活後、1896年に自由党は第2次伊藤内閣と協力し、板垣は内務大臣に就任されました。

1898年には、対立していた大隈重信の進歩党と合同で、憲政党を結成。日本初の政党内閣である第1次大隈内閣の内務大臣に就任しました。

翌々年に政界を引退しています。


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板垣退助の名言の意味とは?

40代の板垣退助

板垣退助44歳

板垣死すとも自由は死せず



もし、私が死んだとしても、自由は永遠だ。無くなることはないという意味です。

そして板垣退助には、こんな理念がありました。

”自由とは天地自然の普遍的な原理であり、人は自由によって生まれ、国はそれによって存立するものである。自由がなければ、人は人生を完遂することはできず、国は国家を維持することができないものである。”

 
これは、板垣独自の自由に対する解釈であり、人間はもともと束縛されることのない存在であり、自由に生きるからこそ人生を完遂することができる。それは国も国家も同じなのだ。これは原理原則である。と言っています。

実証主義者の板垣退助が言うからこそ、説得力がある名言ですね^^


この名言を自分に役立てるには?

自由を満喫

私達がこの名言を活用する場合は、「自由」の定義を考えていく必要があります。人によって定義が違うからです。


ちなみに、私の考える定義はこちらです。

自由の反語は不自由で、不自由というのは束縛を含め誰かにコントロールされることである。つまり自由とは、自分で自分の人生をコントロールすることで、他人のコントロールを排除すること。



そのためには、自分を律するためのルールを作る必要がありますよね。でないと、自由という名のもと好き勝手やってしまうと、社会に迷惑をかけてしまうからです。これじゃ、逆に自分の人生がメチャメチャになってしまいますよね~ヾ(;´▽`A“

まずは、自分がコントロールできる部分にフォーカスを当てることが大事かなと思います。そして、そのコントロールできる部分を増やしていく。



これを続けると、かなりの部分で自由が訪れてきますよ!

実際私は、サラリーマンを辞めることで大きく自由を感じています。もちろん、仕事も自分でルールを決めて、行動をコントロールしていく必要があるので、ある意味大変なんですが。


でも、充実度で言うと、今のほうがサラリーマン時代の10倍ちかく充実しています。

 
さて、あなたはどう思いましたか?
他にもいいアイデアがあれば、あなたの意見をい聞かせ下さーいヽ(・∀・)ノ

もちろん、ただの感想でも構いません。


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おわりに

学校の教科書には載りますが、板垣退助自体は今の日本でそんなに人気があるわけではないです。

でも、今回板垣退助のことを知ることで、彼のおもしろい面を発見したのではないでしょうか?私は実証主義という部分にかなり興味をもちました。私も同類だからです(笑)。

 

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この記事を書いた人
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