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木戸孝允の名言!”才子は才を恃み愚は愚を守る” の意味とは?

木戸孝允の名言 日本人の名言

”才子は才を恃み愚は愚を守る”


これは明治維新3傑の一人と言われる、木戸孝允の名言です。西郷隆盛・大久保利通と比べると目立ちは少ないですが、その能力と功績は本物です。

この記事では、そんな木戸孝允の人物像と功績、この名言に込められた意味を解説していきます。


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木戸孝允の名言

木戸孝允の銅像

明治維新の立役者として日本を陰から支えてきた木戸孝允は、今でも一部のマニアから熱狂的な支持を得ています。なぜなら非凡だからです。


そんな木戸孝允の名言がこちらです。

才子は才を恃み愚は愚を守る



まずは、木戸孝允の人間性に触れてみましょう。

いやいや、私はすぐにでも意味を知りたいという方はこちらに進んで下さい。⇨ 木戸孝允の名言の意味


幕末・明治維新の名言に関する総集編のような記事を書きました。ぜひこちらの記事も御覧下さい。

⇩  ⇩  ⇩

幕末・明治維新の名言集!志士&偉人たちはどんな思いを持っていたのか?
幕末・明治維新の名言集です。維新の流れに沿って偉人たちの生き様を解説しました。今までの幕末・明治維新の総集編です。

木戸孝允とはどんな人

幕末・明治の政治家です。
1835年萩の藩医である和田昌景の次男として生まれ、1877年45歳で病死。

けっきょく何をした人

長州藩をまとめあげて薩長同盟を結び、明治政府に貢献した

木戸孝允の功績

岩倉使節団

岩倉使節団 向かって左が木戸孝允

  • 長州藩代表として薩長同盟を締結
  • 薩摩藩とともに討幕を実現
  • 明治政府の初期の改革
  • 岩倉使節団の副使として欧米を視察



薩長同盟は、木戸孝允がいたから締結できたと言われています。それまでの長州藩は、禁門の変で薩摩藩にかなりの恨みを持っていました。

どう考えても締結なんてありえない状態だったんですね。しかし、木戸孝允は長州藩のリーダーとしてそれを受け入れました。そして、薩摩藩と一緒になって討幕へと向かい、江戸城の無血開城に大きく貢献しました。


明治新政府が出来てからも、さまざまな改革に関わっています。主な内容としては、五箇条の御誓文、版籍奉還、廃藩置県、議院内閣制への移行などがあります。

さらに、岩倉使節団の副使の一人として、2年間に渡り欧米を視察しています。近代文明の経済学・科学技術・憲法のあり方などを日本に持ち帰っています。

 
では、次の章から、木戸孝允の生き方を見ていきましょう。

木戸孝允とはどんな人物

木戸孝允の生家

木戸孝允の生家

木戸は長男だったけど病弱で長生きしないと思われていました。そのため8歳で桂家に養子に出されています。

木戸孝允のことを桂小五郎と呼ぶのはそのためです。ちなみに、木戸孝允と名乗るようになったのは、明治新政府が出来た1869年からです。



しかし翌年に養母が死去したため、和田家に戻っています。14歳で柳生新陰流に入門すると、剣術を習いました。

剣術にはひじょうに力を入れていて、後に江戸で神道無念流で免許皆伝を得て塾頭にまでなっています。また、柔術も心得があったとされています。



さらに、17歳で萩明倫館に入学すると吉田松陰山鹿流兵法を学びました。この時に、松蔭から「事をなすの才あり」と評価されています。

松蔭も9歳の若さで明倫館の教授見習いを始めたので、実際には木戸と5歳しか歳が離れていません。2人は後に親友の間柄になっています。

子供時代から、まさしく文武両道の才人であったわけですね。



しかし、1854年22歳の時にペリーの黒船が来航します。これに危機感を覚えた木戸は、江戸に行ってた3年間で、西洋兵学・小銃術・砲台築造術・造船術・英語を学んでいます。

また、積極的に江戸の尊王攘夷派と交流を図ったとされています。この辺は、吉田松陰の影響がかなり大きいと見られます。

25歳になると、今度は長州に帰り藩政に関わるようになりました。



ところが、1863年会津藩・薩摩藩中心の公武合体派が八月十八日の変を起こします。これにより、京都にいた尊王攘夷派は一掃され朝敵にされてしまいました。

ここから、長州藩が薩摩藩に恨みを持つことになります。木戸孝允も新選組に命を狙われ、京都で潜伏生活に入ったんです。



翌年、幕府軍の第一次長州征伐で長州藩は降伏。しかしその後、高杉晋作が長州藩の政権を取り戻すと、木戸は呼び戻され再び藩政に関わることとなりました。

そこへ坂本龍馬が登場したわけです。竜馬は日本人同士で争ってる場合ではないと、木戸と高杉に薩摩藩との和解策を持ちかけたんです。


この時、木戸は西郷隆盛大久保利通を前に、薩摩藩のこれまでのやり方を、厳しい口調で叱責したと言われています。西郷もそんな木戸に感動し、人を認めない大久保も木戸だけは認めたそうです。

こうして、1866年坂本龍馬の仲介で薩長同盟が結ばれました。



残念ながら、その後 坂本龍馬は暗殺されてしまいましたが、薩長軍は討幕へと行動を起こし、戊辰戦争で勝利をおさめることになりました。この流れは、江戸城の無血開城へと続きます。



木戸孝允は、明治新政府になってから、外国事務係や総裁局顧問として功績を残しました。内容は上記の章で書いたとおりです。

しかし、大久保の独裁政治に不満を抱き、42歳で辞任します。翌年、大久保、伊藤博文、井上薫の要請で政権に復帰しますが。



1876年に病を患うと、次の年には西南戦争を起こした西郷を叱り飛ばして死んでいった話は有名ですね!45歳で死去しています。


西郷は木戸を「不器不孤の君子なり」、つまり幅広い才能を持つ人格者であると評価していました。木戸も西郷には自分にない能力を備えてる部分を高く評価していました。

 
木戸孝允は、剣豪ではあるが、剣を交えることは好みませんでした。過去に一度だけ、人を斬ったことがあるようです。

そして、後輩の面倒見が良かったことでも知られています。


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木戸孝允の名言の意味とは?

木戸孝允の銅像2

才子は才を恃み愚は愚を守る

この名言は、木戸孝允が書いた偶成です。偶成とは、偶然できた詩のことです。正確には、このように表記されていました。

<原文>
才子恃才愚守愚
少年才子不如愚
請看他日業成日
才子不才愚不愚

意味はこんな感じです。

才あるものは自分の能力を過信して努力をしない。愚か者は自分が愚かであることを自覚して努力をする。若い頃に秀才であるより、少々愚かなくらいがちょうどよいのである。その証拠に、秀才として生まれてきたものは徐々にダメになり、愚かだ愚かだと言われてた人物が出世してるではないか。それをみると一目瞭然だ。



要は、過信するなと言っているんですね。たとえ能力があっても努力せよと。

私は漢詩の専門家でないのでわかりませんが、これは日本人としてかなりレベルが高い作品のようです。木戸は10代の頃から藩主の前で、即興の詩を披露し褒章を受けていましたからね。

ちなみに、この詩は自戒の意味を込めて書いたと言われています。おそらく自分でも心当たりがあったからでしょうね^^


この名言を自分に役立てるには?

ドラムセット

人は他人よりちょっと成果が出ると、天狗になりやすくなります。中には、安心して努力しなくなる人もいます。



でも、これはある意味、仕方がないといえば仕方ないんです。だって本能だから。

新しい仕事でもなれてきた頃に油断をしてミスります。人間ってこんなもんです。あなたも心当たりがあるんじゃないですか?



これに対する私の解決策はこうです。

  • ここはまだ通過点の一つだと認識する
  • また上には上がいることを知っておく



ちなみに私は昔、ドラムの先生にこんなことを言われたことがあります。

自分と同じレベルだと思ってるライバルは、多くの場合自分より上手いぞ。そして、自分よりレベルが低いと思ってる奴が、実は自分と同じくらいだったりする。

み、耳が痛いですぅ~~!!ヾ(;´▽`A“



でも、こういった考えで物事に取り組むことで、おそらく過信することは減ると思うんですね。井の中の蛙になることもなくなるんじゃないでしょうか。

あなたはどう思いますか?
他にもいいアイデアがあれば、あなたの意見をお聞かせ下さーいヽ(・∀・)ノ

もちろん、ただの感想でも構いません。


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おわりに

木戸孝允は維新に関わったメンバーの中では、もっとも進歩的な考えを持っていたと言われます。

役割分担もしっかりと決まっていて、軍の指揮は西郷隆盛で、木戸は新政府の構想に関することで貢献しました。とにかく慎重にことをすすめる性格だったようです。
 

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この記事を書いた人
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