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上杉謙信の名言!”運は天にあり、鎧は胸にあり…” の意味付けとは?

上杉謙信の名言 日本人の名言

“運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり、何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし”

これは、越後の虎と言われた戦国武将上杉謙信の名言です。

 
この記事では、そんな上杉謙信の人物像および功績から、この名言の意味を掘り下げていきます。


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上杉謙信の名言

上杉謙信の銅像

戦国武将の中でも特に人気が高く、今でも彼の義を重んじる精神は現代人にも影響を与えています。


そんな上杉謙信の名言がこちらです。

運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり、何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし



まずは、上杉謙信の人間性に触れてみましょう。

いやいや、私はすぐにでも意味を知りたいという方はこちらに進んで下さい。⇨ 上杉謙信の名言の意味



戦国武将の名言に関する総集編のような記事を書きました。ぜひ、こちらもご覧下さい。

⇩  ⇩  ⇩

戦国武将の名言集!信長から家康まで時代背景に合わせて解説してみた
戦国武将の名言集です。信長から家康まで時代背景に合わせて解説してみました。今までの戦国武将の総集編です。

上杉謙信とはどんな人

戦国時代を生きた名武将です。軍神・毘沙門天の化身とも言われ、誰よりも義を重んじたことで有名です。

1530年に越後の長尾為景の末男として生まれ、1579年49歳で脳卒中により死去。


けっきょく何をした人

義のために戦った人です。

簡単に言うと、自分の私利私欲のためではなく、人のために戦った唯一の武将だということです。後にも先にもこんな武将はいません。


上杉謙信の功績

  • 内覧続きだった越後を統一
  • 信濃の村上義清のために武田信玄と戦う
  • 上杉憲政のために北条氏康と戦う
  • 生涯70戦のうち2戦しか敗北がなかった
    (うち25戦は引き分け)



軍神と言われるだけあって、その才覚は子供の頃にすでに発揮されていました。その力を、義のために使いました。

この43勝2敗25引き分けという数字ですが、ありえない勝率です。特に武田信玄と5度に渡って戦った川中島の合戦は、戦国歴史上もっとも激しく名勝負でありました。


上杉謙信とはどんな人物

毘沙門天の旗

先にどれだけ強かったのかを解説します。その後に、彼の人柄について述べていきますね。



上杉謙信は生涯独身をつらぬき、毘沙門天を信仰していました。

毘沙門天とは仏法守護の神。四天王・十二神将の一人。



14歳で元服した謙信(この時は長尾景虎)は、15歳の初陣でいきなり越後の豪族たちを鎮圧します。さらに翌年には、謀反を起こした黒田秀忠を打ち破り、降伏させています。

その才覚は誰もが認めるところであり、19歳で兄に変わり長尾の家督を相続します。



そして1556年に、武田信玄と川中島の戦いを繰り広げました。川中島では、12年間で合計5度戦っています。

1561年には上杉憲政の養子となり、上杉の家督を相続しました。同年、4度目の川中島の戦いが行われ、武田信玄は多くの有能な家臣を失ったといいます。上杉軍3000人、武田軍4000人の戦死者が出ました。


1577年になると、柴田勝家を大将とした織田軍4万人を、わずか2万人の軍勢で撃破します。これを手取川の戦いというのですが、勢いのあった織田軍を簡単に破ってしまうところなど、まさしく毘沙門天の化身です。何という強さでしょうか。



上杉謙信には、こんな逸話があります。

信玄と敵対した今川氏真が、武田の領土に塩止めを行った時のことです。
※武田の領土甲斐は山に囲まれ塩を生産できない

しかし、謙信は人道的な意味で「それでは領民が苦しむことになる。武田に塩を送るように。」と言ったと言われます。参考資料: 謙信公御年譜

これが後々「敵に塩を送る」というもう一つの名言として、後世に残ることになります。



武田信玄は晩年死ぬ時に、息子である勝頼にこんな遺言を残しました。

「上杉謙信とは和議を結ぶように。謙信は男らしい武将であるから、頼ってゆけば若いお前を苦しめるようなことはしないだろう。私は大人げないことに、最後まで謙信に頼ると言い出さなかった。おまえは必ず謙信を頼りとするがよい。上杉謙信はそのような男である。」引用元:NHKその時歴史が動いた20



そして信玄の死後、上杉謙信は甲斐の武田を攻めることをしませんでした。おそらく自分の流儀に反するからでしょう。



また最近の研究では、上杉謙信はそこまで義の人ではなかったという説もあります。戦国時代に、そんなことをしていたら生き残れないからです。

しかし、火のない所に煙は立たぬという諺があります。話が多少美化されてるのかも知れませんが、謙信がそのような人物であったことは確かでしょう。


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上杉謙信の名言の意味

上杉謙信の銅像2

運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり。何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし

この名言ですが、全文はこうなっています。

”運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり。何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし。死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。

運は一定にあらず、時の次第と思うは間違いなり。武士なれば、わが進むべき道はこれほかなしと、自らに運を定めるべし”



現代風に翻訳するとこんな意味になります。

運は天が決めること。しかし、自分の身を守ることは、自身の能力や心や日々の準備で決まるものである。功績も天に与えられる物ではなく自力で勝ち取るものである。

だから事を起こす時は、最善を尽くし、自分の自由になるよう戦うのだ。死ぬ気で戦えば生き残り、生き残ろうとするだけなら死ぬものである。

すべては運だけで決められて、それが一定の周期で巡って来るだけだと思うのは間違いだ。武士なら自分の進むべき道に覚悟を決めて、自分の責任で行動せよ。



一言でいうと、自分の運命は他力本願になることなく、自らの力でコントロールせよということです。


この名言を自分に役立てるには?

上杉家の門

サラリーマン・自営業の両方に活かせると思います。

特にサラリーマンは、大まかな道は会社によって定められています。しかし、謙信の名言を取り入れることで独立が見えてくるでしょう。



自分の人生が会社任せでは行けないと思うのなら、自分自身の力でコントロールするように努力する。そして、すべてのことに責任を持つ。

すると、大変だけど今までとはやり甲斐が違ってきます。まずは、時間給で働いているという感覚を捨てて、価値と引き換えにお金を頂くという思考に切り替えて下さい。

自分で価値を作り出せるようになると、自分の力でお金が稼げるようになります。


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まとめ

義を重んじる上杉謙信は、数多い偉人の中でももっとも日本人らしいのではないでしょうか。

現代人が忘れていた義という感覚を、思い出させてくれる素晴らしい行動を数多く取っています。
 

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この記事を書いた人
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